パンと菓子の職人ノート

台所の奥の粉袋が教えてくれたパン用小麦粉の種類

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祖母の粉袋から始まった私のパン用小麦粉探しの物語


台所の奥で見つけた袋

台所の奥の棚に手を伸ばすと、古い紙袋が指先に当たった。薄い粉がふわりと舞い、朝の光に銀色の粒が浮かぶ。袋の口は麻ひもで結ばれ、札に震える字で強力粉とある。隣には全粒粉と書かれたガラス瓶。封を切ると、乾いた麦わらのような香りと、ほんの微かな甘さが鼻先をくすぐった。指でつまむと、強力粉はさらりと逃げるのに、全粒粉は粒が混じっていて、爪の腹にざらつきが残る。私はその手触りの違いに、胸の奥が温かくなるのを感じた。祖母が生きていた頃、朝早くから粉を触っていた姿を思い出したからだ。

迷いと憧れのあいだ

菓子屋に憧れてはいたが、現実の私は職場の帰り道に焼きたての香りを拾うだけの人間だった。祭りの屋台から漂う甘いバターの匂いに足が止まり、ふわりと割れた白いクラムを見ては、家の台所の小さなオーブンで自分にも焼けるのかとため息をつく。祖母の粉袋を見つけたその日、私はそれでも一歩踏み出すべきだと、粉の手触りに背中を押されるように思った。

調べ始める夜

台所のテーブルの上に紙袋を置き、湯気の立つマグカップを脇に、ノートを開いた。パン用小麦粉の種類をあらためて知りたかった。検索していくと、用途ごとの違いや小麦粉の選び方を丁寧にまとめた記事にいくつも出会う。強力粉の特性はたんぱくが多く、しっかりした生地作りに向くとある。中力粉は軽さが出やすく、焼き菓子やうどんに適した側面もあると書かれている。全粒粉は香りが強く、水をよく吸うから配合に気をつけるとよいという。読み進めるほどに、祖母が粉を前にして静かに考え込んでいた横顔の理由が、少しわかる気がした。

最初の失敗は静かに膨らまない

最初の試作は勢いだけで始まった。全粒粉をたっぷり使えば香り豊かなパンになるだろうと、私は強力粉を少なめにしてこね始めた。台に打ちつける音が軽く響き、手のひらに生地の弾みが返る。だが静かな期待に反して、焼き上がりは持ち上げるとずしりと重く、断面は詰まり気味だった。口に入れると香りは悪くないのに、歯がやや固さを訴える。祖母の棚から引いたレシピの水分量では足りなかったのだと、冷めたパンの重みが教えてくれた。私はノートの端に、全粒粉は水を吸うと書き、次は配合を変えてみようと深呼吸をした。

手が覚える配合

二度目は強力粉を主にし、全粒粉は控えめにした。捏ね始める前に生地を少し休ませると扱いやすくなると読んだとおり、しっとりと手に沿う。生地を折りたたむたび、内部に空気がはらまれ、台に残る筋が細く消えていく。台所の窓から差す光が、生地の表面の艶を柔らかく拾う。一次発酵のあいだ、私はノートに気づきを書き続けた。ここで私は、祖母のレシピをなぞるのではなく、自分の台所の湿度や粉の銘柄に合わせて判断するのだと、ようやく理解した。小麦粉の選び方は銘柄の人気だけではなく、挽き方や原産地の風味、台所の環境まで含めて自分の手が決めることである。

オーブンの窓に張りつく夜

成形して二次発酵を見届ける。指でそっと押すと、ゆっくり戻る。オーブンの扉を閉める瞬間、台所の空気が少しだけ張り詰めた。焼成が進むと、生地の表面が薄く割れ、香りが甘くふくらむ。私はオーブンの前で、祖母がよくしていた癖を真似て、両手を腰に当てながらじっと見守った。タイマーが鳴り、扉を開けると、先日のような重さはない。耳に近づけると、表面が小さく鳴る。ナイフを入れると軽く抵抗があり、切り口は蜂蜜色の気泡が不ぞろいに並んでいる。まだ理想には遠いが、口に入れると香りが鼻からすっと抜け、歯に触れる最初の弾力のあと、柔らかくほどけていく。私は台に手をついて、ふっと笑った。小さな成功だが、確かに今夜は進んだ。

祖母の台詞が背中を押す

焼き上がりを冷ましていると、ふいに祖母の声が台所に戻ってきた気がした。「粉はね、ようすを見てやればいい」祖母はいつもそう言った。袋の中の粉は同じ名を持ちながら、季節や湿度で変わる。強力粉の特性に頼りすぎて生地を固くしないこと。全粒粉の使い方は香りを活かすために少し控えめに始めること。中力粉の違いは軽やかさに出るが、混ぜれば表情も変わること。祖母は経験で知っていて、私も今、少しずつそれを自分の手で確かめ始めているのだ。

ノートに残した覚え書き

●パン用小麦粉の種類は目的で選ぶ。香りを立てたい日は全粒粉を少し。しっかりした骨格が欲しい日は強力粉を中心に
●全粒粉は水をよく吸う。いつもの水分量に固執しないで、生地の顔を見て加減する
●中力粉の違いは軽さと口溶けに現れる。混ぜる割合で印象が変わるから、少量ずつ試す
●小麦粉の選び方は銘柄より自分の台所。湿度と手の感覚を信じて、記録を残す

一斤の重み

翌朝、昨日の一斤を薄く切って焼き直した。表面がかるく色づき、香ばしさが立つ。バターをのせると、端からゆっくりと溶けて染み込んでいく。私は一枚を皿に移し、もう一枚は厚めに切って布で包んだ。誰かに渡したくなったのだ。玄関の戸口で朝の光を浴びながら、私は思う。開業という言葉はまだ遠いが、こうして粉と向き合う時間の積み重ねが、いつか小さな店の朝をつくるのかもしれない。祖母の粉袋はもう空に近い。だが私のノートは少しずつ、今日の香りと手触りで満ちていく。